フィギュアの新ジャッジシステム(現行のシステムの一番最初のルール)は、
たった6人から成る、「特別委員会: ad hoc Committee」により作られたことをご存じでしょうか?

その特別委員会の6人というのは、下記の方々です。
6人
この事については、2002年12月27日にISUが発表した書面に書いてあります。
http://skating.bplaced.net/Results/judging.pdf

2. Development and Testing of the New Judging System
新ジャッジングシステムの開発とテスト


In June 2002 the ISU Congress, after intensive debate, approved a major project to develop and implement a New Judging System for Figure Skating, Ice Dancing and Synchronized Skating (Urgent Proposal No 4 / ISU Regulations Rule 121, paragraph 3).
集中的な討論の後2002年6月ISUコングレスは、フィギュア・スケート、アイス・ダンス、シンクロナイズド・スケーティングの新しいジャッジング・システムの、開発と実行をするための主要なプロジェクト(計画)の承認をした。
Subsequently a team of ISU experts, including Technical Committee Chairperson Alexander Lakernik, Technical Committee member Ann Shaw, Council member (and former Technical Committee Chairperson) Marie Lundmark, and consultants Peter Krick, Ted Barton and Andreas Sigurdsson, developed the new system in conjunction with Don Laws and Krisztina Regöczy , Co-Chair respectively member of the ISU Coaches Commission. The new system is based on an original concept devised by the ISU President and follows the main criteria of ISU Rule 121, paragraph 3, as adopted by the Kyoto Congress.
その後、ISUの技術委員会の会長、アレグザンドル・ラケルニク(ロシア)、技術委員会メンバーのアン・ショー(カナダ)、議会メンバー(で技術委員会会長)のマリー・ランドマーク(フィンランド)、コンサルタント(顧問/相談役)のピーター・クリック(ドイツ)、テッド・バートン(カナダ)、アンドレアス・シガードソン(ドイツ)を含むエキスパート(専門家)達が、ISUコーチ委員会ドン・ロウズ(アメリカ)、クリスチナ・レゲーツィー(ハンガリー)の共同会長と共に新システムを開発した。新しいシステムはオリジナル(原型)の構想は、ISU会長により考案されと、京都コングレスで採択されたISU規則121、3項の主な基準に従う。
The trial New Judging System is being tested during the 2002/3 season with a view to initial adoption for the 2003/4 season if the ISU Council considers that it is ready to be implemented at selected ISU Events.
新ジャッジシステムの試験は、もしISU議会が選択されたISUの大会で履行する準備できていると考えた場合、2003/4シーズン当初からの採用をするために、2002/3シーズンの間にテストされた。
コーチ委員会会長


ISUコーチ委員会の共同会長というのは
←こちらの方々です。


特別委員会については、ISU通信 No. 1207 
(↓ 1ページ目の2.)にも書かれています。
http://www.frogsonice.com/skateweb/articles/1207-ISU.pdf



特別委員会が作られた当時の事が書かれてある記事がありました。

http://www.bclocalnews.com/sports/139025834.html
Ted Barton helped to reshape figure skating judging
テッド・バートンはフィギュアの審判制度を作り直す手伝いをした 
by  Grant Granger - Burnaby NewsLeader
posted Feb 9, 2012 at 9:00 AM— updated Feb 9, 2012 at 1:41 PM
2012年2月9日

Ted Barton was working at the figure skating venue during the 2002 Winter Olympics in Salt Lake City when all hell broke loose.
テッド・バートンは2002年ソルトレーク冬季オリンピック期間の、大混乱になった時、フィギュア・スケート会場で働いていた。
At first, to the Skate Canada BC/Yukon executive director who works out of Burnaby 8-Rinks, the results of the pairs event that gave the gold to a Russian couple seemed innocuous. But to most of the world, it was a miscarriage of justice with Canadian couple Jamie Sale and David Pelletier being ripped off of a gold medal.
最初、バーナビー8リンク(スケートリンクの名前)を拠点として働いていた、スケート・カナダ・ブリティッシュ・コロンビア/ユーコンの常務理事は、ロシアペアに金メダルを与えたペア大会の結果に害はないように見えた。しかし世界の殆どは、カナダのペア、ジェイミー・サレとデビッド・テルティエが金メダルをだまし取られた、正義の誤りだとした。
It was nothing new, though, just another minor subplot in the melodrama the sport of figure skating had become.
新しいことは何もないが、フィギュア・スケートというスポーツのメロドラマの、だだもう一つの副次的な外伝(番外編)になった。
“Nothing changes, we weren’t surprised,” recalls Barton. “I didn’t think much of it.”
「何も変わらない、我々は驚かなかった」とバートンは回顧する。「私はそれについて殆ど考えなかった」
The next night he was in his hotel room watching television when on the screen came International Skating Union president Ottavio Cinquanta saying the ISU was working on a new system where measurable technical skills would be rewarded with points. That got Barton’s attention, because it was the first he’d heard of it.
次の夜、彼はホテルの自室でテレビを見ていた。その時テレビ画面上のISU会長のチンクワンタが、計りうる技術に点数をつけて報いる新しいシステムを作っていると言った。それはバートンの注目を引いた、なぜならそれは初めて聞いたことだったから。
When Barton arrived at the rink the next day, ISU general secretary Fredi Schmid pulled him aside and asked him to be part of a six-member committee to develop the system.
次の日、バートンがリンクに着いた時、ISUの事務局長(General secretary)のフレディ・シュミッドが彼を隅の方に引っ張って行き、システムを開発する6人の委員会の一人になってくれと頼んだ。
“There wasn’t even a thought of saying no,” says Barton. “To have the opportunity to reshape the sport doesn’t come every day.”
「いいえと言うのは考えさえもしなかった」とバートンは言う。「競技を造り直す機会なんて毎日来るものじゃない」
Figure skating had become popular for the wrong reasons, most notably following the 1994 incident in which Nancy Kerrigan was hit in the knees with a club in an assault planned by the boyfriend of rival American skater Tonya Harding.
フィギュア・スケートは、最も悪名高いのは1994年のナンシー・ケリガンが、ライバルのアメリカ選手、トーニャ・ハーディングのボーイフレンドが計画した襲撃で、膝を棒で打たれた事件の後、間違った理由で有名になった。
“Our sport thrived on the bad publicity,” says Barton. “Judging scandals helped the sport become popular, but they didn’t help the athlete. We had to do what was right for the sport ... Salt Lake City was a blessing in disguise.”
「我々のスポーツは酷い宣伝により栄えた」とバートンは言う。「ジャッジング・スキャンダルは競技を有名にすることを助けたが、それらは選手を助けはしなかった。我々は競技にとって正しいことをしなければならなかった… ソルトレーク・シティは有難いものだった」
So for several weeks Barton would get together with other members of the committee to devise a way to make the days of 5.9 for artistic impression history.
そして数週間、芸術的な印象の歴史の5.9の日々を作るための方法を考案するため(?)、バートンは委員会の他のメンバーと集まった。
“The system was developed over cappuccinos, espressos, pastries and long walks all over Europe.”
「システムはカプチーノ、エスプレッソ、ペイストリー(焼き菓子)を飲み食いしながら、そして、ヨーロッパ中を散歩しながら創り出された」
They came up with a presentation for an ISU meeting two months later in Kyoto.
それらは2か月後の京都でのISU会議のプレゼンテーションで提案された。
“The figure skating world was against it because the judging would lose its emotional aspect. But I knew we had something, that we were on the right track ... Athletes love it, they get a report card at the end. They never had that before,” says Barton.
「フィギュア・スケートの世界はそれに反対だった、なぜならジャッジングが感情的な局面を失うかもしれないからだ。でも我々は妥当な何かがあると、私にはわかっていた…
アスリートたちは、それを喜んで、終わりに成績表を受け取った。彼らは以前には決して持ったことが無かった」とバートンは言う。



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チンクワンタは、技術要素一つ一つに点をつけるという考えを、かなり前から持っていたのでしょう。
ある意味、ソルトレークシティでのスキャンダルは、自分の考えを実行に移す好機だったようです。

シングルとペアのルールは、ロシアのラケルニクと、ドイツのクリックが主導して作られたのだろうと
勝手に理解しています。

でも新ルールを作った当時、それ作った特別委員会は、現在のような歪んだ形で運用されるとは
思っていなかったんだとは思いますけど…



ご覧いただきありがとうございます    <モスクワの鐘>




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